2011/10/11

50kmを走る


20111010@Madarao,Nagano/Niigata


今年最大の挑戦が終わった。



<目標を持つこと>とは、人間が生きる力になる。


震災、原発、会社の大リストラ、生き残った自分は目の回るような日々・・・いろんなことが起きた今年、暢気に自分のことだけを考えて走る、趣味に生きる、それは果たしてベストなのだろうか?そんな考えが頭をよぎった。


でも、前を向いて、目標を持つことが、<意図しない流れ>にまきこまれずに、しっかり大地に根を張って生きていけるきっかけになるやも・・・気持ちがぶれずにいられるんじゃないか?そう思って、今の自分の身の丈以上の距離50km走ることを選択した。


エントリーした6月の時点の私の<足>は、山を50km走破できるものではなかった。地道にトレーニングを続け、時に、友達の助言を受け、友達と練習し、なんとか辿りついたレース当日。「やれることはやった。不安要素は取り除いた」なのに、不安が押し寄せる。50kmなんて歩いたこともなく、ましてや、走ったこともない。刻一刻とスタート時間が近づく。感情はパンパンに膨らんだ風船のようで、小さな針で一刺しすれば壊れるような状態。何度もトイレにゆき、何度もシューレースを結びなおし、そして、スタートゲートへ。



朝、6:30
運命の時が来た。


「ゆっくり、ゆっくり。
焦らず、自分のペースで。」


そう言って送り出してくれたサポート隊のOちゃん。
その言葉を胸に、はちきれそうな気持ちを抑え、ジョグペースでゲレンデを走る。


2kmほど走ったところで、OちゃんとFやんに再度見送られ山の中へ。うっすらとした朝靄のなか山を走っているとき、景色の美しさに息をのんだ。ほんの数十分前まで不安で押しつぶされそうだったココロが消え、とにかく、レースを楽しんだ。恐らく、顔は笑っていたと思う。


最初のピークへ向かう登りで、足が攣ってしまう。初めての経験。立ち止まってストレッチしてもまったく収まらない。まだまだ序盤の今、立ち止まっていてはダメだ・・・と一歩一歩足を前にだす。辛くてうずくまったとき、一度だけ一緒に走ったことのあるOさんが私を追い越した。「どうした?大丈夫?」足が攣ったことを伝えると、塩分を取るように勧めてくれた。何よりも、彼もレース中で頑張っている途中に足をとめ、私が起き上がれるまで一緒に待ってくれたことに、感謝の気持ちでいっぱいになる。


下りを気持ちよく走り始めたら、足の痛みも気にならなくなってきた。足が攣っている間に私を追い越していった人たちをどんどん追い抜かす。気持ちいい!が、あまりの楽しさでペースが速くなりすぎていたのか、傾斜のキツイゲレンデで大転倒し、胸を強打。が、痛みも感じず、あと500m先に待つOちゃんに逢いたい一心で再び走り出す。


Oちゃんと逢い、補給して、また、走り出す。
するとすぐに、知人Wがスタッフとして誘導係をしていた。いつもは冷静な彼女が満面の笑みで出迎えてくれる。


山を走っていると、前後に人がまったく見えず、ひとりで走る状態になることが多い。
そんなとき、知っている顔に出逢うと、心底嬉しい。力になる。


だが、再び、足の痙攣が始まる。
痛みの辛さよりも、あれだけ練習したのに、なぜ今、痙攣するのか!という悔しさに苛まれる。「くそっ!」と暴言を吐きながら2つ目のピークへと登りだした。すると、同じように途中で足を故障してしまった方が声をかけてくれ、一緒に登ることに。ようやく山頂に辿りつき、一緒にストレッチをし、再び一緒に走って下る。誰かが一緒にいることが力になる。今までで一番の下りのスピードが出せていた気がする。そして下りきったところで、2人でハイタッチをした。彼女は「戦友」だった。


次のエイドステーションでは、友人Fがスタッフとして待機している。
とにかくそこまでは頑張ろうと、砂利道の林道をジョグペースで走る。


エイドにいた彼を見た瞬間、ふぅーっと力が抜けた。
この夏は何度も練習に付き合ってくれた人だ。彼の顔を見た瞬間、これまでの練習を思い出した。「あれだけ頑張ったんだ!まだいける!」彼の姿に、力を貰った。


補給もそこそこに、ジェルを食べながら走りだす。


最後の関門が近づいてきた。
ぎりぎり間に合うか、否か、そんなタイミング。
頑張りたいのに、足はもう、いうことをきいてくれない。


そんなとき、Oちゃんが関門から逆走してきてくれた。
一緒に関門まで走り、なんとか、関門制限時間10分前に通過。


そのとき、FinishPacerが私を追い越していった。
FinishPacerとは、制限時間にゴールするためのペーサー。
彼についていかないと制限時間に間に合わない。


重い足を一歩一歩前に出し、ペーサーの背中を追い最後のピークへと向かう。


ゾンビのように歩く選手達を何人か追い越す。
行ける!まだ行ける!


私のトレイルランニング最長距離「36km」地点を過ぎたときは、感無量だった。
去年はこの36kmを走るのが限界だった。今、自分はそれを越えたのだ。


そして、42km地点を越える。
フルマラソン以上の距離をこれから走るのだ。
恐怖とワクワク感が押し寄せた。でも、もう、肉体の限界はとうに越えていた。


45.5km地点にいたスタッフに「もうムリだけど、みんなゴールで待ってるよ!」と声をかけられた。その瞬間、<ポキッ>とココロが折れた。実はこの時点では「まだ間に合う」と思い、時計を眺めながら頑張っていたのだ。なのに、もう、間に合わないのか・・・頭の中が真っ白になった。


それでも、ゴールゲートは越えたい。
行くんだ!前に進むんだ!


逸る気持ちからか、苦しいからか、過呼吸になってしまう。浅く早い呼吸を繰り返してしまうことで、更に症状は悪化する。吸っても吸っても息が入らない。息が吐けない。苦しい・・・苦しい・・・目に涙が溜まって前が見えない。何度も木の根に足をひっかけ、転倒しそうになる。体力/肉体はおろか、気持ちの限界も超えていた。


すると、再び、Oちゃんが来てくれた。
近くで一緒に走っていた人も巻き込み「歩いても走ってもあと制限時間まで15分!一緒に走りましょう!」と彼女独特の、明るく澄んだ声で励ましてくれる。しかも、私の性格をよく知っているからか、そのあとは、もう何もいわず、黙って前を走ってくれた。感謝で胸がいっぱいになる。


残り2kmをきったところで、再びひとり旅となる。
もう、あと、ほんとうに少しで、50kmの旅が終わる。


でも、もう、足は自分の足のようではなく、大好きな下りでさえ走れない。恐らく、歩くよりも遅いスピードで走っていたと思う。ゴール会場のアナウンスが制限時間をカウントしている。そして、制限時間が来たことを知る。もう、ゴールは見えるのに・・・そのとき、近くにいたスタッフがこう言ってくれた。


「自分のゴールを切るんだよ!自分のゴール!まだ行ける!行けっ!」


ぶわーっと、涙が溢れた。


そうだ。ここまで来るために、幾多の練習を重ねたじゃないか!沢山の人の応援、サポートを受けたじゃないか!記録に残らなくても、自分のゴールをしよう!


そして、制限時間を12分過ぎてゴール。


ゴールした瞬間、もう、何も考えられず、動けなくなった。
前に一歩も進めなくなった。その場に呆然と立ち尽くす。


すると、レースプロデューサーの石川さんが近寄ってきて、私の肩を抱き「頑張った!頑張ったよ!もうここで終わったよ。泣かないで・・・偉いよ!どこか痛いところある?」と心配そうな顔で言ってくれた。憧れのアスリートを前にし、しかも、肩を抱がれているのに、もう、何もかも、出し切った自分は泣きじゃくり、「くやしいー・・・あともうちょっとだったのに・・・もっと頑張れたのに・・・」と子供のように言った。


すると彼はにっこり笑って「その気持ちを大切にして、来年、またおいでよ!待ってるよ」と言ってくれた。もう、その言葉で充分だった。ココロがじんわり、暖かくなった。




走ること、山を走ること。
人にとっては、その意味がそれぞれにあると思う。


気分転換のため、ダイエットのため。
自己研鑽のため、記録のため、誰かに勝ちたいため。


今の自分はそのどれにも当てはまらない。


苦手だった走ること、山。
それを克服することが、第一の目標だった。

次は、山を走ることで、何もかも忘れられることに意味があった。

今は、新たな挑戦をし、限界を超えたところにある大切な<何か>に気づくことに意味があると思っている。



今回、私のために現地に来てくれたOちゃん。
何度も私を叱咤激励し助けてくれた。


私とはまったく逆の性格のFやん。
彼の冷静で物静かな佇まいに、出走前の慌しいなか、落ち着くことができた。


彼らに対する感謝の気持ちは、普段の生活をしていたら、味わえないことだと思う。彼らがしてくれたことは、大げさなことじゃない。ほんのささやかな気遣いが、苦しいなかにいる人を勇気付けられるのだ・・ということを知る。楽しいことだけをしていたら気がつかない、感謝の念。


そういったことに触れられるのは、人生を豊かにするはずだ。


でも、そんな記憶は普段の生活に戻るとすぐに薄れてしまう。
だから、レースに出るのだ。だから、練習するのだ。



そこに、意味があるのだと、私は思う。


:)

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