2011/10/11

50kmを走る


20111010@Madarao,Nagano/Niigata


今年最大の挑戦が終わった。



<目標を持つこと>とは、人間が生きる力になる。


震災、原発、会社の大リストラ、生き残った自分は目の回るような日々・・・いろんなことが起きた今年、暢気に自分のことだけを考えて走る、趣味に生きる、それは果たしてベストなのだろうか?そんな考えが頭をよぎった。


でも、前を向いて、目標を持つことが、<意図しない流れ>にまきこまれずに、しっかり大地に根を張って生きていけるきっかけになるやも・・・気持ちがぶれずにいられるんじゃないか?そう思って、今の自分の身の丈以上の距離50km走ることを選択した。


エントリーした6月の時点の私の<足>は、山を50km走破できるものではなかった。地道にトレーニングを続け、時に、友達の助言を受け、友達と練習し、なんとか辿りついたレース当日。「やれることはやった。不安要素は取り除いた」なのに、不安が押し寄せる。50kmなんて歩いたこともなく、ましてや、走ったこともない。刻一刻とスタート時間が近づく。感情はパンパンに膨らんだ風船のようで、小さな針で一刺しすれば壊れるような状態。何度もトイレにゆき、何度もシューレースを結びなおし、そして、スタートゲートへ。



朝、6:30
運命の時が来た。


「ゆっくり、ゆっくり。
焦らず、自分のペースで。」


そう言って送り出してくれたサポート隊のOちゃん。
その言葉を胸に、はちきれそうな気持ちを抑え、ジョグペースでゲレンデを走る。


2kmほど走ったところで、OちゃんとFやんに再度見送られ山の中へ。うっすらとした朝靄のなか山を走っているとき、景色の美しさに息をのんだ。ほんの数十分前まで不安で押しつぶされそうだったココロが消え、とにかく、レースを楽しんだ。恐らく、顔は笑っていたと思う。


最初のピークへ向かう登りで、足が攣ってしまう。初めての経験。立ち止まってストレッチしてもまったく収まらない。まだまだ序盤の今、立ち止まっていてはダメだ・・・と一歩一歩足を前にだす。辛くてうずくまったとき、一度だけ一緒に走ったことのあるOさんが私を追い越した。「どうした?大丈夫?」足が攣ったことを伝えると、塩分を取るように勧めてくれた。何よりも、彼もレース中で頑張っている途中に足をとめ、私が起き上がれるまで一緒に待ってくれたことに、感謝の気持ちでいっぱいになる。


下りを気持ちよく走り始めたら、足の痛みも気にならなくなってきた。足が攣っている間に私を追い越していった人たちをどんどん追い抜かす。気持ちいい!が、あまりの楽しさでペースが速くなりすぎていたのか、傾斜のキツイゲレンデで大転倒し、胸を強打。が、痛みも感じず、あと500m先に待つOちゃんに逢いたい一心で再び走り出す。


Oちゃんと逢い、補給して、また、走り出す。
するとすぐに、知人Wがスタッフとして誘導係をしていた。いつもは冷静な彼女が満面の笑みで出迎えてくれる。


山を走っていると、前後に人がまったく見えず、ひとりで走る状態になることが多い。
そんなとき、知っている顔に出逢うと、心底嬉しい。力になる。


だが、再び、足の痙攣が始まる。
痛みの辛さよりも、あれだけ練習したのに、なぜ今、痙攣するのか!という悔しさに苛まれる。「くそっ!」と暴言を吐きながら2つ目のピークへと登りだした。すると、同じように途中で足を故障してしまった方が声をかけてくれ、一緒に登ることに。ようやく山頂に辿りつき、一緒にストレッチをし、再び一緒に走って下る。誰かが一緒にいることが力になる。今までで一番の下りのスピードが出せていた気がする。そして下りきったところで、2人でハイタッチをした。彼女は「戦友」だった。


次のエイドステーションでは、友人Fがスタッフとして待機している。
とにかくそこまでは頑張ろうと、砂利道の林道をジョグペースで走る。


エイドにいた彼を見た瞬間、ふぅーっと力が抜けた。
この夏は何度も練習に付き合ってくれた人だ。彼の顔を見た瞬間、これまでの練習を思い出した。「あれだけ頑張ったんだ!まだいける!」彼の姿に、力を貰った。


補給もそこそこに、ジェルを食べながら走りだす。


最後の関門が近づいてきた。
ぎりぎり間に合うか、否か、そんなタイミング。
頑張りたいのに、足はもう、いうことをきいてくれない。


そんなとき、Oちゃんが関門から逆走してきてくれた。
一緒に関門まで走り、なんとか、関門制限時間10分前に通過。


そのとき、FinishPacerが私を追い越していった。
FinishPacerとは、制限時間にゴールするためのペーサー。
彼についていかないと制限時間に間に合わない。


重い足を一歩一歩前に出し、ペーサーの背中を追い最後のピークへと向かう。


ゾンビのように歩く選手達を何人か追い越す。
行ける!まだ行ける!


私のトレイルランニング最長距離「36km」地点を過ぎたときは、感無量だった。
去年はこの36kmを走るのが限界だった。今、自分はそれを越えたのだ。


そして、42km地点を越える。
フルマラソン以上の距離をこれから走るのだ。
恐怖とワクワク感が押し寄せた。でも、もう、肉体の限界はとうに越えていた。


45.5km地点にいたスタッフに「もうムリだけど、みんなゴールで待ってるよ!」と声をかけられた。その瞬間、<ポキッ>とココロが折れた。実はこの時点では「まだ間に合う」と思い、時計を眺めながら頑張っていたのだ。なのに、もう、間に合わないのか・・・頭の中が真っ白になった。


それでも、ゴールゲートは越えたい。
行くんだ!前に進むんだ!


逸る気持ちからか、苦しいからか、過呼吸になってしまう。浅く早い呼吸を繰り返してしまうことで、更に症状は悪化する。吸っても吸っても息が入らない。息が吐けない。苦しい・・・苦しい・・・目に涙が溜まって前が見えない。何度も木の根に足をひっかけ、転倒しそうになる。体力/肉体はおろか、気持ちの限界も超えていた。


すると、再び、Oちゃんが来てくれた。
近くで一緒に走っていた人も巻き込み「歩いても走ってもあと制限時間まで15分!一緒に走りましょう!」と彼女独特の、明るく澄んだ声で励ましてくれる。しかも、私の性格をよく知っているからか、そのあとは、もう何もいわず、黙って前を走ってくれた。感謝で胸がいっぱいになる。


残り2kmをきったところで、再びひとり旅となる。
もう、あと、ほんとうに少しで、50kmの旅が終わる。


でも、もう、足は自分の足のようではなく、大好きな下りでさえ走れない。恐らく、歩くよりも遅いスピードで走っていたと思う。ゴール会場のアナウンスが制限時間をカウントしている。そして、制限時間が来たことを知る。もう、ゴールは見えるのに・・・そのとき、近くにいたスタッフがこう言ってくれた。


「自分のゴールを切るんだよ!自分のゴール!まだ行ける!行けっ!」


ぶわーっと、涙が溢れた。


そうだ。ここまで来るために、幾多の練習を重ねたじゃないか!沢山の人の応援、サポートを受けたじゃないか!記録に残らなくても、自分のゴールをしよう!


そして、制限時間を12分過ぎてゴール。


ゴールした瞬間、もう、何も考えられず、動けなくなった。
前に一歩も進めなくなった。その場に呆然と立ち尽くす。


すると、レースプロデューサーの石川さんが近寄ってきて、私の肩を抱き「頑張った!頑張ったよ!もうここで終わったよ。泣かないで・・・偉いよ!どこか痛いところある?」と心配そうな顔で言ってくれた。憧れのアスリートを前にし、しかも、肩を抱がれているのに、もう、何もかも、出し切った自分は泣きじゃくり、「くやしいー・・・あともうちょっとだったのに・・・もっと頑張れたのに・・・」と子供のように言った。


すると彼はにっこり笑って「その気持ちを大切にして、来年、またおいでよ!待ってるよ」と言ってくれた。もう、その言葉で充分だった。ココロがじんわり、暖かくなった。




走ること、山を走ること。
人にとっては、その意味がそれぞれにあると思う。


気分転換のため、ダイエットのため。
自己研鑽のため、記録のため、誰かに勝ちたいため。


今の自分はそのどれにも当てはまらない。


苦手だった走ること、山。
それを克服することが、第一の目標だった。

次は、山を走ることで、何もかも忘れられることに意味があった。

今は、新たな挑戦をし、限界を超えたところにある大切な<何か>に気づくことに意味があると思っている。



今回、私のために現地に来てくれたOちゃん。
何度も私を叱咤激励し助けてくれた。


私とはまったく逆の性格のFやん。
彼の冷静で物静かな佇まいに、出走前の慌しいなか、落ち着くことができた。


彼らに対する感謝の気持ちは、普段の生活をしていたら、味わえないことだと思う。彼らがしてくれたことは、大げさなことじゃない。ほんのささやかな気遣いが、苦しいなかにいる人を勇気付けられるのだ・・ということを知る。楽しいことだけをしていたら気がつかない、感謝の念。


そういったことに触れられるのは、人生を豊かにするはずだ。


でも、そんな記憶は普段の生活に戻るとすぐに薄れてしまう。
だから、レースに出るのだ。だから、練習するのだ。



そこに、意味があるのだと、私は思う。


:)

2011/07/28

一人で旅すること


200807 London,England


2012年は、ある種のマイルストーンになる気がしている。


もがきながら、迷いながら、選択し、捨ててきたことが、今、形になってきているような、そうでないような。具体的な何かが「完成した」わけでも「成就した」というわけでもないのだけど。


たぶん、気持ちがふっ切れたんだと思う。



The Hills(米国のリアリティドラマ)を観ているなかで、こんなセリフがでてきた。

「少し前まで、みんなに好かれよう、COOLでいようと頑張ってきたけど、今はもういいの。嫌なものは嫌だっていうし、それでいいの。嫌われても。」

若い女の子が言ったセリフなのだけど、ああ、そうなんだよなぁって。



ここ数年、大人数で旅することばかりしてきたけれど、少々、人疲れしていることも確か。年を重ねた分、流せることも多くなってきたけれど、どうしても流せない大切なポイントも増えてきて、それが、私と ずれたひとといることが、苦痛と感じるようになってきた。



だから。



そろそろ、もういちど。
一人で、旅しようかなって。


日本語のまったく聞こえない海外の街を一人でうろうろして、道に迷ったり、ひとりでぼんやりしたり。そういう、<なにもない時間>って、大切。


次のステップに進むためにも、今、それが必要な気がしている。



:)

2011/06/13

岩手で100km駅伝に参加してみた


20110612@Iwate

あの震災から1ヶ月たった頃、岩手出身のOから「岩手で100km駅伝あるんだけど一緒にでない?」とお誘いを受けた。軒並み、ランレースが中止になったというのに、被災地の岩手で開催されるこのレース。

ヒト・コト・モノ

それぞれに考え方や、そのときの状況はあるけれど。私は、こういう世の中だからこそ、人はどんどん動くべきだと思うし、お金も使うべきだと思っている。「できない状況」を考えるよりも「できるようにする方法」を考えることが大切だとも思っている。不安を抱えるより、やってみることが大切。

だから。

このレースには是非とも参加したい!と思った。今の自分にできることは「かの地へ行き、多少なりともお金を落とし、微力ながらも現地の経済が回るようにすること」だ。そして、最も大切なことは、「走ることで自分が元気になること」


レース当日。


夜も明けぬ朝4時にスタートしたこのレース。今まで参加したどのレースよりも、会場の空気が気持ちいい。スタッフの手際よさ、参加者達の熱意、ボランティアのおばちゃんたち・・・東北のヒトってなんて気持ちがあったかいのだろう。。。。朝の空気のなか、少しの間ひとりになって、そんなことを考えた。震災後、「東北のヒトだからこの状況を<静かに>乗り切れるんだよ」と人々はいう。だけど、ただ静かなだけじゃない、東北の厳しい自然のなかで培われた熱く、暖かい、パワーが彼らのなかにある気がする。なによりも、都会人が忘れてしまった、人への暖かさが、パワーの源になっているようにも思った。



そして、9:55。
自分へ襷が回ってきた。

襷は、沿岸の被災地から山間部へ避難し、レースが行われる地で未だ避難生活を送っている方々が編んでくれた毛糸の襷。


山間部に伸びる真っ直ぐな道の両側には、椅子を並べお茶を飲みながら声援を送ってくれるお婆ちゃんたち。ポツンポツンと立つ家々からは、小さな子供とお父さんが声援を送ってくれる。決して派手でもなく、熱のこもった応援でもないのに、心から嬉しくなるのは何故なのだろう。

柄にもなく、笑って、「ありがとー」と言い、手を振りながら走る。レースでこんな、穏やかで暖かい気持ちになったのは初めてだ。あの空気感は都会では味わえない。



そして最終走者のBがゴールしたのはスタートから9時間半後。
7人のメンバーで岩手を100km走り抜けた。



震災直後、いろんなところで、人の温かさを感じた。
そして、人は一人では何もできないとも感じた。

今回この駅伝では。ひとりでは100kmを走りきれないけれど、仲間がいること、襷を繋ぐという行為が、人の気持ちを奮い立たせるものだ知った。



岩手で過ごした時間で感じたことは、まとめきれない。
久々に、気持ちが、ふわっと上がる週末だった。


いい時間だった。


:)

2011/05/01

GWのはじまりは


20110429@Miura


晴天で始まった今年のGW

1日目は三浦半島のジャングルトレイルを走り
2日目は高尾山周辺の山を走り


たのしい連休のはじまり。

;)

2011/03/27

小さきもの


20110327@Japan


産まれたばかりの命は。
手足を動かし、泣いて、おっぱいのんで、寝て。

なんとかわいく。
なんと愛おしいのだろう。

:)

2011/03/21

山へ




あの震災から1週間。


テレビから流れるニュース、ネットに踊る情報
昼夜問わず続く小さな余震、それに怯えて心が虚ろな人たち。


そんな中で暮らした1週間。
知らず知らずのうちに、体と心の強張りが芯まで達してしまった。


今、できること。
募金や物資支援。そして、自分自身が健康になることだ
そう思い、夜が明ける前に起きて、山へ。


走らず、約30kmを早足で歩く。


久々に感じる心臓が波打つ音、じんわりとかく汗。
鳥の声、木漏れ日、おいしい空気と青い空。
そして、見知らぬヒトと交わす挨拶。



この1週間で変わったものもあり、
でも、山は変わらずそこにあった。

:)

2011/03/05

パーティ


20110303@Roppongi,Tokyo


ワインパーティへ赴く。



「うまくマッチングできなかったデートの後って、自分と合わない所を頭の中で挙げて自分を納得させる作業が始まる。もっと自分が持ってないものとか、相手の尊敬できるところとか、そういうのを素直な気持ちで見れるようになりたいな。」


これは、ある方のツイート。
ふむふむ・・・と納得してしまったのだ。


ワインパーティで感じた「自分の味覚に合わないワイン、人々」。産地もお値段も良いのになぜか合わない。美味しくない。その理由を考えて納得する作業が始まる。でも、自分感覚だけでなく、素直な気持ちで味わえればいいのだけど。


でもやっぱり、違うものは、違う。

:)

2011/02/23

減速社会


20080630@glastonbery,England



「山を走る」 = 「野生や、心の喜びを呼び覚ますスポーツ」だと思う。

だけど山や森は動植物が暮らす場所。人間は彼らの暮らしの場にお邪魔をしているに過ぎず、都市で暮らす感覚やエゴを持ち込むのは、ちょっと違う・・・と感じ始めてた。


そんなところに縁あって。
ボランティアスタッフとしてトレランレースに参加をする機会に恵まれた。
そして、うっすら感じていた違和感が色濃くなってしまった。


レース前に苛立つ選手達。
出走順を変えろと怒鳴る選手。
会場を撤収してみると、ごみがバラバラと落ちている。
ルートとなったトレイルには、途中補給した食物のゴミが落ちている。
そして、ゴール会場には、飲みかけのドリンクボトルが山になっている。


・・・なぜ?


レースで順位を上げたいから、好タイムでゴールしたいから、会場を汚そうと森を汚そうと構わないの?お金を払ってレースに出ているのだから、後はスタッフがやってくれ!ということなの?etc...etc....


トレイルラン愛好者には「高学歴、高収入、大企業/官公庁/学校」にお勤めの方が多いように思う。履歴書上、優秀な人はどんな場面でも「人よりも早く、上に」と狙うのだろうか?「自分以外の全て」はどうでもいいのだろうか?時間や結果に追われる都市の毎日にいると、こうなるのだろうか?結局、多くの人は、【山や森に都会のルールを持ち込んでいる】に過ぎない。


選手としてレースに参加するだけでは見えないものが見えた。
うっすら感じ始めていた違和感の原因が、わかった気がする。


スタッフのおじさまが、こう呟いた。

「真剣に頑張っている人はゴミを捨てたり、マナー違反はしてないね。きっと、僕達にも挨拶してくれるよ。中途半端に上や早さを目指すひとたちは、決まって文句を言う。見ててご覧。すぐに判るよ。」

おじさまの呟きは、その通りだった。


方や、その翌日に。
山を背に海沿いの町で等身大の暮らしをされている方々に出会った。彼らのすべての動きはしなやかで、優雅で、【とても美しいもの】に見えた。野菜は根っこも食べる。皮も食べる。本当に好きなものに囲まれて過ごす・・・。



時代はどんどん加速している。
私も一般社会にいると、つい、行き急いでしまう。

行き急いだ先に待ってるもの。
行き急いだから見落としたもの。

減速社会で暮らしたい。


;)

2011/02/20

きもちいい空間


20110220@griot,Hayama


いつもよりも早めに起きて電車に乗り込み1時間。
葉山にあるgriotへ。
大好きな南インド料理を習ってきた。


お料理が美味しかったことはもちろんのこと。じぶんが「好きだな」と思うテイストがギュッと濃縮された不思議な空間。その場にある品々は、店主がひとつひとつ選んだのだろうと想像でき、購入したときのストーリーがありそうな、そんなモノたち。そしてそれぞれが、買った場所、国、デザインがバラバラだというのに、ひとつのテイストにまとまっている。



聞けば、私が旅した土地、これから旅してみたいと思う土地を旅して来た店主。


そしてそこに集った方々は。
初めて出逢ったというのに、気持ちよく話ができ、かつ、楽しい面々。


こ、これは一体、なんなのだろう。

なんて、気持ちいいんだろう。


自分が「今」立っている場所と、自分が「本当」に気持ちよく過ごせる場所の違いを考えさせられた一日だった。

:)

2011/02/15

theme


20110101@Ko Chnag,Thailand


自分のために書き留めておく。


「テーマのある旅」
「そして、真剣に写真を撮る」


訳あって、ここ数年の旅の写真データをみていたら。
回数を、年を追うごとに。


旅の意味がブレ
写真がザツになってきている


別に意味なんてなくったっていいのだけど。
でもやっぱり、振り返ったときに


「そのときの時間の大切さ」


を振り返る旅をしよう。


:)

2011/02/14

ふと思う


20110103@Ko Chang,Thailand


海外、特に、アジアを旅すると思う。


露天で行商している
道端で物乞いしている
夜の街で体を売ってる


そんな女性を見るたびに。
今の自分の悩みだなんて、悩みのうちに入らないんだろうなって。


「毎日を精一杯生きている」彼ら
「明日のことばかり考えている」我ら


比べようもないけどね。
いったい、何が幸せなんだろうなって。


ふと、思う。

:)

2011/02/06

何よりも外ご飯がいい


20101229@Munnork,Thailand


或る日のタイでの朝食。


スパイシーフードに疲れた胃に優しいおかゆさんが出た。とろとろに煮込まれたおかゆに、塩茹でゆで卵、ザーサイ、パッタイ、牛肉の甘辛煮込み、空芯菜のオイスター炒め・・・などなどを、好みの分量を乗せ、頂く。


お腹は空いていなかったはずなのに。
何杯も何杯も、オカワリしてしまう。


海の見えるコテージで、潮風に当たりながら頂く朝食。


外で頂くから。
だから、美味しいのだと思った。


:)

2011/01/27

太陽のかけら



ガエル・ガルシア・ベルナル監督主演の「太陽のかけら」を観た。


さーっと流してみてしまうと、この映画のテーマがわかりづらいのだけど、メキシコという国の【現実の一部】を垣間見ることができる。何よりも、絵がわかりやすく、キレイ。なかなかに良い映画。


中南米は憧れの地域。


この映画を観て更に、中南米への思いは高まる。

:)

2011/01/22

旅の醍醐味


20101228@Bangkok,Thailand


バンコクでのある一日。
遅めの昼食をとるためにフラり入った路地裏の飲食店にて。



英語を解さないお店の女の子へ、身振り手振りに、タイ人のお客さんを巻き込んでのオーダー。バンコクのゆるりとした午後の空気が、その瞬間、そのお店の中だけ、ワイワイと盛り上がる。そして、お店の女の子はハニカミながら、美味しい一皿を作ってくれた。


遺跡や仏像を見るよりも、共通の言語がない地元の人とのひとときが楽しい。


言葉以外で意思を伝える楽しさ。
ここの魅せられたから、海外旅が好きなのだと思う。


なんてことのないお料理だったけど。
この旅を通じて、一番心に残った食事風景。


:)

2011/01/19

太陽の下で


20110102@Ko Chang, Thailand


釣りはなんとも奥深い。


魚が餌をついばむ微かな振動を見つけて、タイミングよくリールを巻く。このタイミングを間違えると、餌が消えた釣り針だけが巻き上がる。何とも単純な遊び(本業の人もいるだろうけどね)だというのに、しかし、奥深い・・・。


洋上に船を止めて、燦燦と降り注ぐ陽光の下で。
またーり、海釣り。


ぼんやり波を眺めていたり、考え事をしていたら。
タイミングを何度も間違えて、たったの数匹しか釣れなかったけど。


ぼやぁぁぁ・・・・っとするには、最高だなぁと思ってみたり。


:)

2011/01/18

Radio


Raphael Saadiq - Radio (New)


Rapahel Saadiqの曲に間違いはなし。

どまんなかだよ。

:)

2011/01/14

I need a dollar




「ボクノー ナマエハー "アロエ" デッス」

この一言で始まった1時間のReal Soul Show.

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あるとき、偶然見つけた Aloe Blacc のメロディ。こなれた10’S風のソウルミュージック、だけど、懐かしさも感じるリズムに釘付けになった。そして、再び偶然、Aloeが来日することを知り、BillboardTokyoへ。

コロナを飲みながら聴くAloeの音と声は心地よく、HitTune "I need a dollar" では自然と腰が動く。そう、Soul/R&Bは、手先足先じゃなくって、肩と腰が自然と動く。Aloeもステージの上で気持ちよさそうにダンス。


人生に必要なものは、少しのお金と心から信頼できる人、おいしいご飯とお酒、そして、上質の音楽なのだと思った夜。

2011/01/12

絶海の孤島で


20101229@Mun Nork,Thailand

憧れだった南の島の孤島にて。



水着に着替えて、少し冷たい海を泳ぐ。新雪のような白い砂と蒼い海。海に浮かんでココナッツジュース。サンセットを眺めつつワインにカードゲーム、そして軽いガールズトーク。


* Mun Nork RESORT
http://www.munnorkislandresort.com/natural-eng.html

;)

2011/01/08

バイクを飛ばして


20110103@Ko chang,Thailand


ヘルメットをかぶらずに、バイクに2人乗り。
生ぬるい風を体で感じで、びゅんびゅんと島を駆け抜けるのは、最高!



或る日の昼下がり。コテージに残っていたK君と私。
「ちょっとでかけますかー」と、時間つぶしにバイクに乗ってビーチへ。白人だらけのビーチをふらふら歩いた後は、再びバイクに乗って、気の向くままにお店をひやかしたり、ロコがやっている露天で買い食いをしたり。風で声が遮られるから、お喋りすることもなく、風を切りながら、流れる町の景色を眺める。


「Boon,Boon」とバイクを運転する真似をした少年を見つけた。そのやんちゃな笑顔がかわいかったから、日本語で近づき、写真をパチリ。


英語も日本語も通じないロコとの、他愛も無い出会いが楽しい。


電車や車に乗っていたら出逢わなかった人たち。
バイクに乗ってふらふらしていたから出逢った人たち。

ノーヘルで二人乗りするバイクは最高!

;)

2011/01/05

タイの休日


20110102@Ko Chang,Thailand


「天使の前髪をつかむ」


まさに今回はそんな旅だったのだと思う。
いろんな偶然が重なって、タイの島々を旅するチャンスをつかんだ。


---

ずっとずっと怖かったシュノーケル。


一緒に旅した中に、海の男が3人いた。
だから、もし、何かあっても、必ず助けてくれる・・・。
そう信じて、K君に半ばなだめられながら、海へと入った。


だけど、足のつかない水深で泳げない私は、シュノーケルをつけて、ふつうのリズムで息ができない。足が震える。目が泳ぐ。体に力ばかりが入る。


すると、傾きかけた夕日に照らされ、ウソっぽい笑顔を浮かべたK君が「お魚さんがたくさんいるよ~。ゆっくりね~。大丈夫よ~。」と、彼独特の柔らかい声で言う。そのウソっぽい笑顔と間延びした語り口で、ガチガチだった体の力がすぃ~と抜けた。


そして。生ぬるい海水にぷかぷか浮かんで、魚や、ゆらゆらと海中に差す光を眺めていたら。なーんか、いろんな、どうでもいい考えが頭から抜けていく。なんてキモチいい感覚なんだろう。ちょっと頑張って山を走るのとは違う気持ちよさが体中を、ゆっくり、駆け抜ける。


もし、あのタイの旅を掴むことがなかったら。
もし、あのタイの旅に海の男たちがいなかったら。


こんなに気持ちよくって楽しい感覚を、ずっと知らないままだった。


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ひとりになりたかったはずなのに。
人と距離を置いて過ごそうと思っていたのに。
やっぱり、人は、一人では生きられないということ。
人がいるから、沢山のことに気がつくということに。


改めて気がついてしまった旅だった。


幸先のよい、2011年の幕開け。


;)