
090924@NT,Australia
ドリームタイム
=天地創造の時代、自然の創造。時の流れと物の起こり。
オーストラリアへ行く直前。
アボリジニについて書かれた本で「ドリームタイム」という言葉を見かけた。その言葉の意味は、直訳そのままに「夢の時間」という意味だと思っていたのだが、現地でアボリジニの血を引く方から聞いた本来の意味は「天地創造の時代、自然の創造」だった。
アボリジニとネイティブアメリカンの文化は似て非なるもの。
「精霊が太陽を創造し、移動をして雲を作り、山や川を作った。そして動物を作り、人間を作る。」というドリームタイムの説明は、なんともシンプル極まりない。ネイティブアメリカンにも、日本にも(例えば古事記)にも似たような話はあるはずなのだが、何かが、違うのだ。
乾いた大地に暮らし、白人に迫害をされ・・・という歴史は似ているはずなのに、アボリジニとネイティブアメリカンの文化から感じる「違い」。恐らく、ネイティブアメリカンには「哲学」があり、アボリジニには『良い意味で』ソレが無いように思う。それが「違い」なのかもしれない。
日々食料を採集し、子を産み育て子孫を作り、大切なことは歌で伝承する(これをソングラインというらしい)、人間として本当に大切でベーシックなことを何万年も守り続けてきたのは、アボリジニのシンプルな「哲学の無い哲学」があったからなのでは?と思う。
アボリジニを「原始人のようだ」と言う方もいるらしい。
確かに、ネイティブアメリカンアートよりも、アフリカンアートよりも、更に原始的なアボリジニアートを見るとそう思わずにはいられない。だが、見るものを惹きつける原始的なアボリジニアートには、圧倒的な力強さと、例えようのない憧れを感じるのは何故だろうか。
:)