20121014 at Madarao,Nagano
photo by Akira
Madarao Forest Trails 50Km のリベンジを果たした。
山を50km走るということは、旅をするようなもの。
予想外のアクシデントに遭ったり、途中、素敵な旅の友に出逢ったり。
心が折れたり、心を強くしたり、無になったり。
人生におけるたいせつなことを見つけたり。
個人的回顧録だが、あの思いを忘れないために、ここに記しておこうと思う。
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1年前、様々な思いを持って、Madarao Forest Trails 50Kmにチャンレンジをした。結果は制限時間オーバーによりDNF(Do Not Finish)。ゴールは超えたのに.....。たったの12分オーバーし、悔しい結果となった。「あれだけ練習したのに、なぜ?」「あそこでなぜもっと頑張れなかったんだ!」と、後悔の念でいっぱいになった。そして、この状態のままではリベンジを果たせない。そう思った自分は、あれからの1年、練習量を増やす代わりに、練習方法や、環境を変えることにした。
それは、長距離になればなるほど「心」が大切だと痛感したから。
まず、自分の価値観にFitする仲間を見つけようと動いた。心地よく走れる環境作りに専念をしようと引っ越しをした。すこしづつ、何かが動き始め、心がよい方向に変わり始めた。
だが、レース3週間前からストレスにより胃を壊す。そのストレスは自分ではどうにもならない、ある種の相対的評価であり、価値観。レース前、ナーバスになり始めたときに、すっと、心の隙間に入ってきた負の感情スパイラル。「心を強く、周りの状況に流されるな」と思えば思うほど、歯車が狂い始めた。
そんな焦りいっぱいの中、迎えたレース本番。
言葉は強く、へっちゃら風を装うが、やはり、どこかおかしい。
今回はこの1年で得た素敵な仲間たちと出走。序盤、Kさんの背中を追い、Aくんとお喋りしながら進む。決してコンディション万全ではない中、心拍を上げないように心がけながら前へ進む。そして、私のトレラン女神Oちゃんに見送られ、トレイルへ。
1Aまで朝の美しい山の景色に感動しながら進む。
ところが、まだ5kmも走っていない地点で、胃痛に襲われる。きりきりと痛み、胃が絞られる。胃に何か入れようと、ジェルを飲むが、吐いてしまう。朝、食べたものもすべてを。トレイルを走るには「十分な栄養」を取りながら走ることが大前提。栄養を吐き出してしまうことに恐怖が襲う。
「今回もダメかもしれない」
そんな負の思考に見舞われる。歩いたり走ったり、だましだまし進むと、この1年で知り合ったKさんが後ろから「ガンバ!」と声をかけてくれる。そうだ、自分一人で戦っているわけじゃない。いけるとこまで行こう。
そして、なんとかたどり着いた2A。スタッフとして待機していた、Iっちーに「胃が痛い」と泣きつく。まだ15kmほどのこの地点で通常は胃を患わうことはない。だか彼女は「もう痛いの?早くない?」などと言わず、とっさに胃薬を探し、飲み方、調子が回復するタイミングを教えてくれる。そして私は感謝の気持ちから泣き始める。すると、私の目をまっすぐ見て、「泣いてもいいから、とにかく前に進もう!」と背中を押し、見送ってくれた。
その後、去年、足が攣り失速してしまった斑尾山への登りが始まる。チームメイトのKちゃんとゆっくりゆっくり、無理することなく登る。タイムや周りの状況に惑わされず進み、次の3Aへ到着。ここで、Yちゃんがスタッフとして待機していた。私の姿を見つけるや否や「不安は全部吸い取るから、大丈夫!大丈夫!」と母のような暖かさと明るさで言葉をかけてくださる。仕事をなげうって、私の出発に大きなエールを送ってくださった。感謝で言葉にならない。
胃の痛みも治まり、ここまで出逢ってきたみなさんの暖かさに触れ、徐々に調子が復活してきた。当初の計画も、全行程の半分、25km地点から本気を出そうと考えていたことから、迷うことなくスピードを出し始める。しかも、この地点からの数キロは、トレイルランナー垂涎の美しく走りやすいシングルトラックが続く。十数人の人を抜き、きゃっほー!と奇声を上げつつ走ったら・・・・
スピードに足が追い付かず、激しく転倒。
今まで、転倒は何度も経験がある。
崖から落ちたこともある。
それでも、なんともなかった。
が、今回は「ブチブチブチっ」と大きな音がするほどの捻挫を伴ってしまった。その瞬間、神を恨み空を見上げる。それでも、前に進まなくてはならない。悔し泣きをしつつ、歩いて次のエイド4Aへ向かう。沿道からの「頑張れ!歩くな!」という声援に「こっちだって、頑張ってんだよ!歩くのだって辛いんだ」と心の中で逆切れしつつ進む。
満身創痍で4A到着。ここでリタイヤを申し出ようとする。
が、神は私を見捨てていなかった。なんと、救護班の中に顔見知りがいたのだ。彼は私に「本来はこの状態であればドクターストップだね。でもね、僕も同じように捻挫して泣きながらゴールしたことある。あとは気持ちだけ。判断は任せるよ。後悔しない方法を自分で選んで」とテーピングしていただきながら、諭していただく。
正直なところ、こんな痛みは経験がない。
足はどんどん腫れていく。
この後の20km頑張ったところで、今年も制限時間に間に合わないかもしれない。
でも、ここでリタイヤするのと、限界まで頑張ってみること、どちらがいいか自問自答した。
やはり、後者だ。
次の関門までは頑張ろう。
いけるところまで行って、後悔しないようにしよう。
そして、足を引きづりながら進むと、去年、斑尾山で助けてくれたOさんが声をかけてくれた。彼も故障をし、行けるところまで行こうとしていた。そして去年の悔しさを知っている彼の顔を見た途端、涙があふれる。お互い「いけるところまで行こう!」と、抜きつ抜かれつしながら、次の関門を目指す。
そして、第二関門到着。
諦めていたのに、関門制限20分前に到着。
ここまで来たのなら、次の最終エイド5Aまで行こう。一歩足を進めるたびに、頭まで貫く痛みをだましだまし最後の山を目指す。だが、、胃に何も入れてないから、ハンガーノックとなり、気持ちまで切れた。再度、リタイヤを申し出ようとすると、そこに、私のトレラン女神Oちゃんと、奇しくも関門に引っかかりアウトとなった友人2人が私を待っていてくれた。
私はOちゃんに、「時間的に、ここからは走らないと制限時間に間に合わない。この足で走る自信もないし、気持ちも切れちゃった」と伝えると、言葉にはしないが黙って「諦めるの?」という顔をするOちゃん。そして、同じレースに出て、関門に引っかかってしまった2人の友達もいた。
・・・関門に引っかかった彼女たちは前に進みたくても進めないんだ。
・・・そうだ、私はゴールまで行く権利がある。
何がなんでも、ゴールへ行く決心をした。
ここからあと、7.7km。走らないと間に合わない。
限界を超えて頑張れるかどうかは、気持ち次第だ。
一足先に出発したOさんから「必ずゴールしろよ!」と言葉をもらう。そして時計を見ると、去年5Aを出発した時と同時刻になった。ここからどう戦えば間に合うか、自分は知っている。どこで諦めたらだめなのかを私は知っている。
ぐっと走ることに集中した。
足が痛いことに注力しないことにした。
すると不思議と、足の痛みが消えていく。
おそらく、信じられないくらいアドレナリンが出ていたのだと思う。
「いちに、いちに」と独り言を言いながら走る。
足を一歩前に進めることだけを考える。すべての邪念は消す。
前にいる人たちに、「一緒にがんばりましょ!」と声をかけながら走る。
今、周りで戦っている人たちは、私と同じ気持ちでいるはずだから。
私がこの旅において、友達や仲間からいただいた言葉を、彼らにかける。
残り4㎞。
知っている声が聞こえてきた。
オザが逆走してきた。
彼女は、つい最近知り合ったばかりの若い友達だ。だけど、どこか自分に似ているものを感じ、大好きな友の一人。彼女とハグをし、ゆっくり進む。だけど、嬉しさと悲しさと、いろんな感情が混ざってしまい、泣き始める。すると、過呼吸になってしまう。なんだかわけのわからない醜態を彼女に晒しながら進む。そしてミカリンも合流する。せっかく来てくれたのに「ごめん、今、いっぱいいっぱいなんだ。」と、彼女たちを制してしまった。
すると、黙って、後ろから追ってくれる2人。
涙が止まらない。でも、泣かないように必死で集中する。
彼女たちに対し、かっこつけること、大人ぶろうとすることも忘れ、ただ、一歩一歩、前に進むことだけを考えた。世界は自分だけのもののように感じていた。
続いて、Y子ちゃんに声をかけてもらう。でも、声を返すことができない。ムサシ(スポーツドリンク)を2杯手に渡され、背中を押してもらう。疲労や過呼吸の苦しさから、彼女に対しても余裕のない対応をしてしまう。
ゴールまであと2.5km
制限時間まで、残り、15分
ふつうに考えて、この足の状態や疲労ではゴールに間に合わない。だが、オザに「ぜってえ、ゴールしろよ!」と言われ、もう、倒れてもいいからと、歯を食いしばる。
また過呼吸で息がすえない。
無酸素でもなんでもいいから、とにかく前に進む。
涙で地面が見えない。
そして、制限時間5分前に、ゴールテープを切った。
ゴールには、この1年で知り合った素敵な仲間たちが待っていてくれた。
彼ら、彼女らの顔を見た瞬間、涙が止めどなく流れた。嗚咽というのはこういうことだと思うほど、泣いた。そして、レースプロデューサーの石川さんに声をかけて頂き、「やった!頑張った!」とハグしていただいた。
これでようやく、この1年の戦いが終わった。
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今回、何度も棄権しようとした。でも、その度に、誰かに助けられた。
自分の心の弱さを痛感した。
でも、そんな時に、背中を押してくれる存在がいること、
そういう人たちに逢うために動いたこの一年を思い返した。
トレランは身一つで戦う孤独なスポーツではない。
仲間の存在が、本来自分が持つ力以上のものを引き出してくれる。
本気になった瞬間、痛みや、苦しさなんて忘れられることを知った。
「絶対、やり遂げる!」と本気で誓った瞬間から、人間、信じられない力がでることを学んだ。
その「本気」も、自分一人では、絞り出せなかった気がする。
レース会場にいた仲間、友達。
レース会場にはいなかったけど、様々な形で応援してくれた友達、大好きな人。
みなさんがいたから、1年越しのチャレンジを乗り越えることができた。
この感謝の気持ちは、みなさんに返すだけでなく、これからトレランを始めようとしている方や、トレランではなくとも、何かにチャレンジしようとしている方へ、恩を送る形で恩返しをしようと思う。
そして、運動音痴の私をここまで引っ張ってくれ、トレランの魅力を教えてくれたトレイルランナーのヒロ、トレランの女神Oちゃんに、最大限の感謝を伝えます。ありがとう。
戦いを終えて今、思うのは。人生において「ほんとうに大切なこと」とは、人に対してどれだけ素直に感謝できるか、また、掛け値なしに暖かい言葉をかけることができるか。そんなことなんだと思う。何を持ち、何をして、ではなく、心の核を持っていること、そして、一番重要なのは。
仲間がいることだって思う。
※写真は、共に足を引きずりながら戦ったOさんとゴールで逢ったところ。
:)


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