091115@Tokyo
間違いなく、あの、本のせいなんだと思う。
いや、むしろ、そう、思いたい。
George Orwellの1984を、この1ヶ月読んでいる。
速読?と我ながら思うほど、本を読む速度が早い私が、同じ本を1ヶ月も読み続け、そして未だに、読みきれない。暗い、暗すぎるのだ。この本は。文学としての良し悪しを言うほどの読書家ではないので、それについては言及しないが、なぜ、この本が、あれほどに素晴らしいと言われるのかが、私には理解できない。
ただ、ふと。
昨晩、友人との会食の場でたわいも無いいろいろな話をしている中で、何かのキーワードがきっかけになり、「ああ、自分も1984の世界を生きているのではないか?」と気づき、すべてが、腑に落ちた。
「自由な思考」を持つことが最大の罪である1984の世界。ああ、そうだ。私も、企業という世界の中では、「自由な思考を持つことは罪」だと思い、心の中にあることとは全く反対の行動をしているではないか。思いを抑制し、周りから目立たないようにし、権力のあるものに迎合する。何度か痛い目に合うたびに、思考が麻痺し、「自由な思考」を持つ事を諦めた。生きるために。若かりしころ思った、絶対になりたくはなかった大人像だ。(1984を読んだ人には、すごく理解していただけると思う。この腑落ち具合が)
ああ、これだったんだ。
この息苦しい状態から逃げたいから、でも、生活をしなければならないから、つかの間の休暇を貪るように楽しみ、ムリに楽しもうとしていた3年間。だから、ずっと、地上から1.5cm浮いた状態だったのか。何を青臭いことを・・・と我ながら思うが、誰しもが、ふとした瞬間に感じることなのではないかと、思う。キチンとした思考を持つ人なら、殊更。
では、次に起こすべきアクションは何なのか。
それを考えているわけでもなく、心に決めたものがあるわけでもなく。ただ、漫然と思っているだけなのだが、何かが、おかしい。
恋愛事ににして、仕事にしても
この世はすべて、鈍感であることが、正しいのかもしれない。
:)
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